IE9ピン留め
イスラエル・パレスチナ滞在記 追伸
前回の記事で最後にしよう思っていたのですが、久々に来たコメントが嬉しかったので、調子に乗ってもう一本だけ書きます。

イスラエル人はテロより交通事故にご用心
「何でわざわざ危険な所に住むんだろう」。テロの危険性があるのに、イスラエルに住もうとするユダヤ人に対してずっとこんな疑問を持っていました。一つは、入植者のところで書いたように、「ユダヤ人の土地」という歴史的・宗教的理由があるのでしょうが、命を危険に晒してまで住むなんて、ちょっと理解し難いことです。

では何で住み続けるのか?理由は簡単です。彼らはイスラエル人をそれほど危険な土地だと思ってません。故に、アイデンティティが人間の基本的ニーズであるセキュリティに勝ってしまうのです。

「イスラエルにいて危ないと思わないの?」。ツアーをサポートしてくれた現地コーディネーターにこんな質問をしてみました。答えは、ノー。「自爆テロはそんなに頻繁に起こるものじゃないし、起こっても自分の街じゃなきゃ危機感はそんなに感じない」ということでした。さすがに、2000年のインティファーダのときは毎週のように都市でテロが起こっていたので、そのときは身の危険を感じたようですが、今は「全然」ということでした。

実際、イスラエル人にとって自爆テロよりも恐ろしいものは、自動車事故です。イスラエル人の運転マナーは相当悪く、街ではクラクションがひっきりなしに鳴っています。そのため交通事故による死者数はテロの死者数の10倍にも上るそうです。イスラエル政府は国民の安全守るために資金をつぎ込むところ間違ってますね。セキュリティ上あまり意味のない壁を作るより、交通対策に力を入れたほうがよっぽど彼らのためになりそうです。

「住めば都」。この慣用句の裏には、住む以前の先入観と実際に移り住んだ後の印象のギャップが隠されています。引っ越す前は「やだなー」って思ってたけど、実際に住んでみたら「なーんだ、居心地良いじゃん!」という意味で。ただし、居心地の良さというのは、人間の感覚の鈍化とも密接に関係しています。

以前、フィリピンのスラム街に滞在したときこんな経験をしました。初日スラム街に入ったとき、僕は悪臭と汚れた通りや家を目にし、相当な嫌悪感を覚えました。「こんなとこ住めねーよ」、と。ところが、どうでしょう。5日後スラム街を出るときはまるでその場所を我が家のように感じていたのです。

これを可能にしたのは、間違いなく人間に本来備わっている順応性です。あらゆる環境に適応してしまうこの能力で僕はスラム街を「アウェイ」から「ホーム」にしてしまったのです。そう、順応性、それはまさに「慣れ」です。イスラエル人の感覚もこれにきっと似ていて、自爆テロ攻撃に対する「慣れ」が彼らの中に存在しています。そこで生まれ育った人は、その慣れが強力で、プラス土地への愛着、アイデンティティも絡んできます。移民も、危険性に対する「慣れ」を強め、アイデンティティがそれを超えたため、移住が可能になるのだと思います。

じゃ、イスラエルに行った僕はこの「慣れ」を身につけたのか。はい、たった2週間の滞在でしたが、身に付いちゃいました、恐ろしいことに。他の参加者も同様で、中には帰国後一週間もたたずにイスラエルでのサマーインターンに募集した学生もいました。とりあえず、今のところ僕はインターンをイスラエルでやるつもりもないし、旅行の計画もないので、訪れることはないのですが、行こうと思えばいつでも行けます。

じゃ、日本がイスラエルみたいな状態になっても住みたいと思うか。これまた、イエス。よほど戦争状態にでもならない限り、つまり、セキュリティがアイデンティティを上まらない限り、日本に住むと思います。こっちに来てから、日本にいるとき以上に日本という国の素晴らしさを知り、日本への愛着は増しているので、これは間違いありません。こう考えると、上記の質問をするまでもなく、ユダヤ人がイスラエルに住みたいという気持ちがわかってきます。


日本人@ゴラン高原

シリアとイスラエルの国境にあるゴラン高原。ここは、他の土地と異なり、非常に肥沃な土地です。小さい頃から土壌に触れてきた人間として言わせてもらうと、ここの土は本当に素晴らしいです。野菜や穀物の栽培に最適の場所です。特産はゴラン高原ワイン。ワインテイスティングで10杯くらい飲んで味見したのですが、深みのある味わいでおいしかったです。


ここに駐屯しているのが、国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)。日本もPKOとして、96年から1000人以上の自衛隊員を派遣しています。ここに訪れた日は、運良く一人の自衛隊員と会うことができました。日本は約40名が後方支援(輸送)に当たっていて、2名が司令部で広報や予算、輸送の企画・調整を担当しているのですが、彼にこんな質問をしてみました。

「司令部に隊員がいるということは下への命令系統にも参加することになる。司令部から自己防衛のために武力行使の命令を出した場合、それは第九条の違反にならないのか?」、と。彼の答えは、「武力の行使をしているわけではないので、九条には触れない」でした。

これは一自衛隊員の解釈に過ぎないので、PKO派遣と九条の議論には役に立ちませんが、少なくとも彼のこの答えから読み取れるのは、彼は自衛隊と自衛隊のPKO参加の合法性を強く認めているということです。否定してしまえば自己のアイデンティティの否定になりますからね。

不思議なことに、人間はそれが良いこと悪いことに関わらず、自分がやっていることを正当化しようとします。たとえ、それが犯罪であっても針の穴に糸を通すかのように自分の居場所を見つけ、そこに閉じこもろうとします。殺人が違法にならない戦争ならなおさらです。兵士に「あなたはなぜ敵を殺したのか?」と聞いたら、間違いなくほとんどが「命令されたから」と答え、自己の否定につながる答えは避けます。避けることでアイデンティティを保とうとするのです。

イスラエルで20代前半の兵士に話を聞いたときのことです。彼らは僕たち一行の質問にかなり嫌気を指しているようでした。イスラエルの政策についてどう思うか、壁がパレスチナ人を苦しめていることに対してどう思うかなど、若い兵士にはとても答えられない質問が出たからです。そして、彼の口から飛び出してきた言葉は、「そういう政治的過ぎるのでわからない。でも、一つだけ言えるのは、99.9%のイスラエル兵は毎日自分の任務を遂行するため必死に働いてる」というものでした。こういう言葉が出るのは当然で、たとえチェックポイントで病院に向かう妊婦を取り調べるようなことをしても、それが彼らの自国を守るための手段なのです。

質疑応答のあと、僕は彼のもとに近寄ってこう問いかけました。「今の仕事を誇りに思うか?」。答えは、「もちろん、とっても」でした。イスラエル兵の仕事はパレスチナ人を苦しめることがしばしばあります。でも、その仕事を誇りとしている。今回のツアーで、この時ほど悲しい瞬間はありませんでした。

人間は、悲しいことに、一生懸命働けば働くほど、その行為を否定しようとしません。兵役とはまさにその典型で、過酷な環境で得た体験というのはその人のアイデンティティになってしまいます。だからこそ退役軍人のNarrativeというのは強固なのかな、と最近思います。


自衛隊の方とはそれほど話をする時間がなかったのですが、最後にこんな言葉を交わして別れました。

隊員「日本人がこうやってアメリカ人学生に混じって対等にやってるのを見ると、日本人として誇りに思います」

僕「僕も自衛隊の方が遠くまで来て国際貢献している姿を見て、誇りに思いました」

憲法九条と自衛隊海外派遣。これを巡って様々な議論がされていますが、実際に活動している方を見ると、日本人として誇りに思わずにはいられませんでした。

by masanobu_y | 2006-02-08 18:17 | Israel/Palestine滞在記
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