Virginia 留学記

留学のススメ(最終回)

d0062204_7112035.jpg


卒業!

ついに修士号をもらう季節がやって来ました。実際には、ビザとリサーチペーパーの関係で夏まで卒業を延期したのだけど、きりが良いのでこのVirginia留学記も今回で最終回にすることにします。最終回のタイトルは「留学のススメ」。僕がこっちに来て考えてきたことと、それを基にした留学の良さについて書きます。

このブログを書き始めたのは、2005年の5月末。その後2年間で投稿した記事は201件に達しました。でも、その4分の3は1年目に書いたもので、どれだけ1年目時間があったのかが良くわかります。2年目は、リサーチアシスタントとNGOの仕事を掛け持ちしながら授業も3つ取っていたので、当然のごとくブログ投稿の時間は削られ、みごとに未更新ブログへと変身してしまいました。

2年目で何といってもきつかったのは、アシスタントの仕事。2人の教授についてたのだけど、そのうち1人はうちの研究科長で超過密スケジュールの下で働いている人物でした。彼女と僕の関係を例えて見せるなら、まさに映画「プラダを着た悪魔」に出てくる超売れっ子ファッション雑誌編集長のメリル・ストリープとその助手アン・ハサウェイの関係。さすがに「発売前のハリーポッターを持って来い」とは言わないけど、環境問題に対して彼女の意見に沿わない発言をした「メル・ギブソンとコンタクトを取れ」とか、「5万ドルの助成金取ってこい」とか言ったりして、何度冷や汗をかかされたことか。

すごく頭が切れて、語彙が豊富で、ユーモアがあるんだけど、服装はなぜかいつも全身黒。周りの学生からも「何でいつも黒着てるの?」と不思議がられてたりします。ただ、この「黒を着た悪魔」、勢いで物事を言ってすぐに忘れてしまう傾向があるので、そこが救い。アシスタントの僕としては、何度この忘却に助けられたか分からないくらいです(ラッキーなことに、メル・ギブソンも5万ドルも忘れてくれた)。

この黒を着た悪魔への仕事は、主にDCの犯罪について。白人と黒人コミュニティーがDCの犯罪をどう見ているのか、新聞や論文をあさって一年間ずっと調べるのが僕が任された仕事でした。今は、このリサーチプロジェクトの最終段階で、これからDCの市長、警察庁、コミュニティーリーダー、犯罪の被害者とのインタビューをする予定。メリルはこれを本にして出版したいらしく、夏もこの仕事が続きそうです。

でも、こうやって英語の海に浸かって当たり前のように仕事していると思わず忘れそうになるのだけど、2年前の夏僕は語学学校に居ました。その前の夏は、日本で机に噛り付いて「TOEFL英単語3800」をボロボロにするまで単語を暗記するただの単語オタクでした。大学院に入ってから何てもっと大変で、授業はもとより休み時間のクラスメートとの会話のやり取りだって何言ってるかわかんないもんだから、友達作るのにも苦労するし、パーティーで楽しむなんてもってのほかだったのです。

最も、苦労したのは言葉の面だけじゃなくて、文化の面でもそうでした。まず、アメリカ人との接し方が分かりませんでした。初めのうちは、「こいつはアメリカ人だから・・・」、「こいつは日本人だから・・・」と国籍のレンズを通してしかその人物を判断するとができず、文化と習慣の比較で頭がいっぱいだったのです。それを個性のレベルまで落とすのにはだいぶ時間がかかったかな。

こんな1年目の苦労が功を奏したのか、2年目は仕事に勉強にネットワーク作りと、忙しい日々が続き、ブーブー言いながらもそれを楽しむことができたように思えます。毎日朝から晩までオフィスに居て、「ICARの住人」と化していたので学内での友達や知り合いの数も1年目と比べたら×10くらいのスピードで増え、みんなが「誰それ?」と聞き返してくるくらいのレアキャラとも話すようになったのです。こんな事、授業と家と図書館を往復していた1年目じゃ考えられませんでした。

ただ、言語の面での苦労が少なくなったからといって、それで安泰かと言えば、全くもってそうじゃありません。海外に居る限り、その国の言語ができるのは当たり前で、むしろ、ネイティブを含めた競争相手とどう闘っていくかが重要になってきます。対ネイティブでは言語面が確実に劣るので、当然それを上回る仕事の力量、専門性、知識が必要となり、相手と同じことをしていてはまず勝ち目がありません。ただ単に授業でAを取ることに集中するのではなく、相手に対して自分をどう売り込むか考えながら日々生活して行かなければ生き残れないのです。

「留学して良かったことは?」

昔、ルームメイトと話していて、こんなことが話題になりました。そこで2人が共通して出した答えは、「人と話すようになったこと」。日本に居たときと比べれば、会話の量がかなり増えたということです。話すことが求められる環境の中でそうなるのは当然のことかもしれないけど、無口な自分としてはこのシンプルな答えが一番の成果かなって実感してます。

留学することの2つ目の利点は、以前にも書いた自分との対話。留学中はやたらと自分と向き合う時間があるので、言語の壁に始まり、アイデンティティークライシス、将来のキャリア形成など色々考えられます。

3つ目は、出会い。これも前に書いたのだけど、最近の一番大きな出会いは、平和学の創設者ヨハン・ガルトゥングでした。僕たちの分野では、彼のことを知らない人はいないくらい有名なのだけど、教授のうちでガルトゥングとディナーしたとき、僕は彼が言ってることがほとんどわかりませんでした。英語の問題というより、それは知識の差。僕の知らない固有名詞が連発されたのです。同じ分野で2年も勉強したにも関わらず。もっと勉強しないとな、と改めて思わされたのです。

上に書いた通り、留学というのは骨が折れることが多いですが、そこから得られる果実は最初に思い描いたものよりも、大きく実りのあるものです。でも、もっと簡単に言ってしまえば、留学の良さというは海外に住む楽しさというのにつきます。語学の習得に近道は決してなく、それには多大な苦労を要するのですが、そこで挑戦したという事実に裏付けられた充実感は日本に居ては得られないように思えます。昔絶対出来ないと思っていた夢物語のようなことが、少しずつ現実味を帯びていく―。海外へ渡ることが自分のニーズを満たしてくれるものなら、僕はそう思う人全員に留学を勧めます。


僕の留学生活を振り返ると、1年目は環境への適応でもがき、2年目はその環境を楽しみ、そしてこれからは環境を変えるのにもがいていくように思えます。夏は、仕事と勉強の合間を縫って、車でアメリカ大陸横断とかするけど、その後はどっかの紛争地に行くことを今は考えてます。南アジアかアフリカらへんの。そこで、3年くらい経験が積めたら最高かな。

最後に、今回の大学院留学は、多くの人からのサポートがあって実現することができたと実感しています。心理的・金銭的サポートをしてくれた両親、気合を入れてくれた語学学校の先生・クラスメート、今でも良い関係が続いてるGRE組の戦友、常にアドバイスや刺激をくれた大学時代の先輩・後輩・友人、ロータリー財団の関係者、スポンサーの家族、こっちで出会ったクラスメート、友人、先生、スタッフ、日本人の人たちに、アホなルームメイトたち。こうした人たちの協力なくして、紛争解決学修士号の取得はあり得ませんでした。

ありがとう。


ブログはそのうちまた書き始めると思いますが、次はきっと英語で書くことになると思います。そのときは、ここにリンクを張ります。

いつも読んでくれた人、コメントくれた人、更新しないのに毎日クリックしてくれた10数名の方々、Virginia留学記を読んで頂きありがとうございました!
[PR]
# by masanobu_y | 2007-05-21 07:12 | 大学院



Virginia 留学記
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31